富山に行ってきました

mitake Post in エンターティメント
コメントは受け付けていません。

縁あって富山からお嫁さんが来ることになり、開業した北陸新幹線でご実家へ伺うことに。東京から大宮、長野とたった二駅停車しただけ、二時間余で北陸の玄関口富山駅に着きました。

北陸新幹線「かがやき」

北陸新幹線「かがやき」

すっかり様変わりした富山駅

すっかり様変わりした富山駅

四十年前ぐらいに黒部ダムを訪れたことがあるものの、恥ずかしながら黒部ダムが富山県にあることすら認識していませんでしたし、富山駅とかも立ち寄った覚えがなく、今回が初の富山と言っていいでしょうか。

市電です

市電です

富山名物絵入り蒲鉾。チュウリップや新幹線柄登場

富山名物絵入り蒲鉾。チュウリップや新幹線柄登場

小雨がぱらつく富山駅改札口、笑顔の彼女が手を振って待っていてくれました。新幹線開通で駅周辺はすっかり様変わりしたというが、それでも少し車を走らせれば、田畑の広がりと雲間に時折姿を見せる富山の象徴立山の山並みが何とも美しく、この景観の中で育くまれた彼女の穏やかな人となりに納得です。

富山湾越しに眺望する立山の山並み

富山湾越しに眺望する立山の山並み

90歳現役でお好み焼き屋を営む祖父母宅で戴いた素朴なお好み焼き、美味也!

90歳現役でお好み焼き屋を営む祖父母宅で戴いた素朴なお好み焼き、美味也!

九十歳になんなんとする祖父母宅へもお伺いし、H子の花嫁姿見ないことにはあの世へいけないってはっぱかけとったがですよと、富山訛りが温かく心に響きます。

御挨拶の用をすべて済ませ、今回の富山行きのもう一つの目的となっている滑川へと向かいます。富山市の隣に位置する滑川市に、七十年前今は亡き姉が学童疎開で滞在していて、滑川市立博物館の方のご尽力で、姉たち品川荏原地区の学童が滞在したというお寺が分かりました。

滑川市立博物館の疎開児童に関する展示物

滑川市立博物館の疎開児童に関する展示物

それもこれも富山とのご縁ができたことで得られた機会、ぜひ訪ねておこうと彼女に無理なお願いをしたところ、二つ返事で車を走らせてくれます。

滞在していたのは養照寺というお寺で、日本海に面した古刹のお寺、ご住職は代変わりしていて、疎開の話は聞いてはいたものの、実際の疎開の様子は御存じないとのことでした。

七十年前、姉が学童疎開で滞在した養照寺

七十年前、姉が学童疎開で滞在した養照寺

七十年の月日が経っているんですからそれは致し方ないこと。とにもかくにも、八歳の姉が親元を離れて北陸の地でひと時を過ごしていたことが判明し、姉の足跡の一端を辿ることができて良かった。

 

 

« Prev:

Comments are closed.