兄との別れ

mitake Posted in 文章教室
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新緑が美しい季節、緑色は心を癒してくれる。今日は梅雨入り前の五月晴れで、汗ばむほど、、。

紫陽花の花の蕾が日一日と大きくなり、早いものは少し色づいている。そんな季節の中、四月に旅立った兄の納骨と四十九日の法要が営まれた。

私は生後一年八か月で父と死別し、十歳年上の兄が父親代わりをしてくれた。高校へ行くとき結婚するとき、兄の世話になった。時には厳しくされて、亡き父を恋しく思ったこともあった。

母が亡くなった後は、母に代わりどうしているか心配して度々上京してきた。体も声も大きく、病気に負けるような人ではなかったのだが、、。最後は一週間ばかりの入院で、家族に迷惑もかけず静かな旅たちだった。

兄は十八歳で少年兵に志願し母を悲しませた。横須賀の海軍学校で終戦を迎えた。毎年のように戦友会があり、とても楽しみにしていた。また戦友をとても大事にしていて、体調の思い戦友がいると、どこまでも出かけて行って見舞っていた。

その仲間も昨年はとうとう二人になってしまったと寂しそうだった。その一人も無理してきた様で、来年は無理だろうと話していたが、兄も今年は出席できなかった。享年八十七歳だった。

お酒が好きだった兄だったので、今頃は戦友と黄泉の国で、大きな声で再会を喜び、杯を交わしていることだろう。

寸評 私も父を一歳半でなくしていて、全く記憶がありません。お兄さんを思う気持ちが込められた、鎮魂のメッセージですね。

2013/06/06 記

鳥ぎん自由が丘店閉店

mitake Posted in ひとこと通信, 秀作
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また一つ馴染みの味がなくなりました。四十年来親しんできた、焼き鳥と釜飯の店「鳥ぎん」自由が丘店が、五月いっぱいで四十年来守ってきた暖簾を下ろしました。

鳥ぎんの味を知ったのは中学生の頃、当時銀座に務めていた姉に、銀座鳥ぎんへ連れて行ってもらったのが最初でした。結婚して品川区に住み、年に二、三度は自由が丘店へ出向き、焼き鳥、釜飯、モツ煮込み等を堪能しました。

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店の方たちともツーカーで話が通り、特にオーナーさんは大の犬好きで、犬のいる生活を長くしてきた私とバッチリ話が合い、しばし犬談議に花を咲かせたものです。

鳥ぎんの焼き鳥はタレが濃く、でもそれが私にはぴったり合い、東急大井町線で十分ほどの自由が丘へ出かけました。鳥ぎん以外にもモンブランのケーキや光街の散策等楽しめる自由が丘は好きな街でしたから、出かけるのにしんどさはなかったんです。都心に出かけるわけではないので、あまり服装を気にしなくてもいいのが出かける要因でしたね。

閉店の理由はいろいろあるようですが、一つには後を継ぐ人がいないということが大きな理由のようですね。お疲れさんでしたとオーナーさんに声をかけ、店を後にしました。ご馳走様でした!

 

2013/06/01 記