グループM 2月秀作 落合とし子「杖の音」

mitake Post in 文章教室, 秀作
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グループM 2月秀作
「杖の音」   落合とし子

昨年10月、長姉が92歳で彼岸へと旅立った。穏やかな旅たちだった。離れて暮らしていても元気でいれば、目に見えない糸で気持ちが伝わっていたのにと思うととても淋しい。
早死にした父に代わり母を助け、戦時中は出征中の兄に代わり兄弟の面倒を見ていた。男仕事も全部姉の肩にかかっていた。

終戦後まもなく復員してきた義兄と結婚し酪農を営んでいたが、早朝から休みなく牛に関わり生き物相手で大変な様子だった。
その義兄が五十代で他界、働き者の姉もさすがに一人では酪農は続けられず、また義兄の病気が血液の病気だったので、費用がかさみ大変苦労した。
広島に原爆が投下された時、義兄は四国にいて次の日には広島の現地に入って救助にあたっていたというから、原爆症だったのかも?

苦労を重ねた姉が晩年になって上京した折、明治神宮へ行きたいというので案内した。ところが愛用の杖を駅まで送ってもらった車の中に忘れてきたとかで、参道を歩くのに腰が痛いという。私は神宮の森に入り込み、手ごろな枝を探して「エイヤー!」と膝で叩き折り杖代わりにしてあげた。
姉はいい具合だとご機嫌で、次の訪問場所NHKでもコツコツと音を立てて歩いていた。あの時のコツコツという音が今でも聞こえてくるようだ。後で聞いた話では、杖は明治神宮の杖ということで鴨居に挟んで記念にとってあるということだった。旅立つとき一緒に収めてあげればよかったかなあ、、、。

寸評 兄弟姉妹の慈愛溢れるいい話ですね。お姉さんにとって明治神宮の杖は宝物だったんでしょうね。

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